倉本聰の「北の国から」「優しい時間」に続く“富良野三部作”の集大成とも言える「風のガーデン」が10月よりスタートします!
伊藤蘭は中井貴一演じる主人公とかつて関係のあった看護師長を演じるとのこと。
「北の国から」はとても長い期間放送されました。まあ、これは別格として、「優しい時間」も1クールだったことから、「風のガーデン」も最低1クールは期待できるかと(嬉!)
放送回数など詳細が判明次第、ご報告いたします!
中日スポーツ【芸能】
倉本聰さん“富良野三部作”の集大成 フジ開局50周年ドラマ「風のガーデン」
やはり、今年の蘭さんはやってくれます!!
伊藤蘭は中井貴一演じる主人公とかつて関係のあった看護師長を演じるとのこと。
「北の国から」はとても長い期間放送されました。まあ、これは別格として、「優しい時間」も1クールだったことから、「風のガーデン」も最低1クールは期待できるかと(嬉!)
放送回数など詳細が判明次第、ご報告いたします!
中日スポーツ【芸能】
倉本聰さん“富良野三部作”の集大成 フジ開局50周年ドラマ「風のガーデン」
やはり、今年の蘭さんはやってくれます!!
「キャン学」から「蘭学」へ軌道修正を誓いましたが、舌の根も乾かぬうち、とはこの事ですな。許して、許して、許して〜ッ!
大同窓会のゲストMCとしても来ていた吉田照美氏。
その吉田照美氏にそっくりなDJ TERU氏が司会を務める「キャンディーズ リクエストパレード」が放送されます。番組タイトルに「キャンディーズ」って付いてるぐらいですから、とことんキャンディーズだと思います。
【番組タイトル】
「DJ TERU の キャンディーズ リクエストパレード!」
【放送日時】
2008年4月18日(金)19時00分〜21時30分
【パーソナリティ】
DJ TERU
【メールアドレス】
candies@joqr.net
【番組内容】
DJ TERUがラジオ初見参!
番組はDJ TERUによるアメリカンディスクジョッキースタイルで進行。
リクエストは(一応)オールキャンディーズとします。
メッセージも1978年頃の話を中心に進めてゆきます。
加えて、番組では4月4日におこなわれた大カーニバルの模様を随所にお聞かせします。
キャンディーズとともに生きた男たちのエピソードも聞かせます。
お楽しみに!!
まぁちゃ♪さま、お知らせありがとうございました!
これからもよろしくお願いします。
大同窓会のゲストMCとしても来ていた吉田照美氏。
その吉田照美氏にそっくりなDJ TERU氏が司会を務める「キャンディーズ リクエストパレード」が放送されます。番組タイトルに「キャンディーズ」って付いてるぐらいですから、とことんキャンディーズだと思います。
【番組タイトル】
「DJ TERU の キャンディーズ リクエストパレード!」
【放送日時】
2008年4月18日(金)19時00分〜21時30分
【パーソナリティ】
DJ TERU
【メールアドレス】
candies@joqr.net
【番組内容】
DJ TERUがラジオ初見参!
番組はDJ TERUによるアメリカンディスクジョッキースタイルで進行。
リクエストは(一応)オールキャンディーズとします。
メッセージも1978年頃の話を中心に進めてゆきます。
加えて、番組では4月4日におこなわれた大カーニバルの模様を随所にお聞かせします。
キャンディーズとともに生きた男たちのエピソードも聞かせます。
お楽しみに!!
まぁちゃ♪さま、お知らせありがとうございました!
これからもよろしくお願いします。
狂乱の2日間を終えて、うつつを抜かしている間に、蘭さんがナレーションを務める番組が4月7日に放送されました。
しかし、ご安心を再放送されます(よかった!)
●4月9日(水)
NHK総合/デジタル総合 9日深夜つまり、翌日午前0:55〜翌日午前1:45(50分)
放送日、時間をお間違えなきよう
「NHKスペシャル 愛美さんが教室に戻れる日」
大阪府では授業は行わず、不登校の生徒に向き合う専任の教師を新設した。
兼任の教師ではあきらめざるを得ないところを、「諦めずにやり続ける」ことで
たくさんの生徒が学校に戻れた。
この番組、蘭さんがナレーションをします。
土曜ドラマ「フルスイング」でも、優しさに溢れた演技を魅せてくれましたが、
包み込むようなナレーションは誰にも真似できないものでした。
皆さん、ぜひご覧ください。
しかし、ご安心を再放送されます(よかった!)
●4月9日(水)
NHK総合/デジタル総合 9日深夜つまり、翌日午前0:55〜翌日午前1:45(50分)
放送日、時間をお間違えなきよう
「NHKスペシャル 愛美さんが教室に戻れる日」
大阪府では授業は行わず、不登校の生徒に向き合う専任の教師を新設した。
兼任の教師ではあきらめざるを得ないところを、「諦めずにやり続ける」ことで
たくさんの生徒が学校に戻れた。
この番組、蘭さんがナレーションをします。
土曜ドラマ「フルスイング」でも、優しさに溢れた演技を魅せてくれましたが、
包み込むようなナレーションは誰にも真似できないものでした。
皆さん、ぜひご覧ください。
会場では、たくさんの方がボランティアに名乗りを上げ、一生懸命にお手伝いをされていました。
高いチケットを買って、その上働かされて。
これには普通の感覚をお持ちの方には理解できないでしょうね。
だけど、ファン一人一人が「気持ちを持ち寄る」、「みんなが楽しめるように自分が頑張る」。
こういった思いや行為の集合体こそが、「キャンディーズ」なのです。
つまり、「キャンディーズ」という名前が表していることとは、
ラン、スー、ミキの3人はもちろんですが
素晴らしいパフォーマンスで音楽面を支え続けたMMPと、
さらには裏方さんも含めた大勢のスタッフと、
そして何より、沢山のファンの気持ちが一体となった「状態」のことを示しているのではないでしょうか。
会場で出会えた、沢山の仲間の表情に感動をいただきました。
素晴らしい仲間たちでした。
ラン、スー、ミキ、MMPの皆さん、スタッフの皆さん、ファンの皆さん、
あなた達すべてが、僕にとっての「キャンディーズ」であると感じました。
感動をありがとう。
先の記事では、怒りを爆発させてしまいましたが、それだけ「大同窓会」が素晴らしかったと言うことなんです。
高いチケットを買って、その上働かされて。
これには普通の感覚をお持ちの方には理解できないでしょうね。
だけど、ファン一人一人が「気持ちを持ち寄る」、「みんなが楽しめるように自分が頑張る」。
こういった思いや行為の集合体こそが、「キャンディーズ」なのです。
つまり、「キャンディーズ」という名前が表していることとは、
ラン、スー、ミキの3人はもちろんですが
素晴らしいパフォーマンスで音楽面を支え続けたMMPと、
さらには裏方さんも含めた大勢のスタッフと、
そして何より、沢山のファンの気持ちが一体となった「状態」のことを示しているのではないでしょうか。
会場で出会えた、沢山の仲間の表情に感動をいただきました。
素晴らしい仲間たちでした。
ラン、スー、ミキ、MMPの皆さん、スタッフの皆さん、ファンの皆さん、
あなた達すべてが、僕にとっての「キャンディーズ」であると感じました。
感動をありがとう。
先の記事では、怒りを爆発させてしまいましたが、それだけ「大同窓会」が素晴らしかったと言うことなんです。
4日、JCBホールでの一夜はいろいろなメディアで報じられています。
中には、「その程度か」としか思えない低レベルの報道、記事もあります。
これから起こるであろう出来事に対して、図式的に「予測」を組み立て、
その通りに表現しようとした取材を行っていたのでしょう。
つまり、「30年前」、「アイドル」、「中年オヤジ」、「紙テープ」
これらのキーワードを組み立てると「スーツを着たいい歳したおじさんが、キモさ丸出しでスクリーンに向かい紙テープを投げる」。
これに「時事ネタ的にどこかの大臣の話」を盛り込めば、一丁上がり。
そこには、本質を見ようとする姿勢なんてありません。
番組の1コーナーを埋めるだけの、情報の垂れ流しであり、
紙面を埋めるだけの、文字の羅列にすぎません。
Google アラートを使い、「キャンディーズ」という語句が含まれるニュースは全てチェックしていますが、この「大同窓会」についての記事約30件中、20件はこのような「ゴミ」のような記事でしたし、テレビの情報番組もすでにいくつか見ましたが、新聞系の記事よりもさらに低脳化していました。
なぜ、30年も経っているのにこれほど人を引きつけられるのか。
僕たち、オヤジどもがリスクを冒し(変装までして)会場へ足を運んだのか。
記者達は、明らかに取材対象を間違えています。
僕たちじゃなく、キャンディーズに着目しなければ、本質は絶対に見えません。
中には、「キャンディーズがこれほどまでに歌が上手かったとは、知らなかった」
なんて、事を書いているところもあります。
でも、それで良いのです。
これこそが、「記者」が正直に感じたままの「真実」なんですから。
そして、そここそが着眼して欲しい点なのです。
「毎日jp」の2008年4月3日、つまり「大同窓会」前日の記事を見つけました。
帰りたい:肉声再生・プレーバック お別れなんです〜=玉木研二
30年前の「ファイナルカーニバル」について書かれた記事を引用したうえで、この玉木研二氏は持論を展開されています。僕はこの方のことは全く知りませんが、文章の構成にわかりにくさと曖昧さがあり、釈然としません。
褒めたいのでしょうか、貶したいのでしょうか。白かったのですか?黒かったのですか?
結局事実はどうだったのですか?
わかった事実といえば、あなたの同僚が上野駅で補導された事実のみですが…。
この記事に対して、質問を送っています。
何をもって「音楽的に群を抜いた才があったわけではなく」と仰っているのか。
この記者はどれほど、キャンディーズの楽曲を調べたのか。
アイドル=歌が上手いはずはない
という図式に頭が冒されていませんか?
沢山の人が読む「記事」を書かれていらっしゃるのですから、
責任を持った仕事をしてください。
心と体を使って記事を書いてください。
中には、「その程度か」としか思えない低レベルの報道、記事もあります。
これから起こるであろう出来事に対して、図式的に「予測」を組み立て、
その通りに表現しようとした取材を行っていたのでしょう。
つまり、「30年前」、「アイドル」、「中年オヤジ」、「紙テープ」
これらのキーワードを組み立てると「スーツを着たいい歳したおじさんが、キモさ丸出しでスクリーンに向かい紙テープを投げる」。
これに「時事ネタ的にどこかの大臣の話」を盛り込めば、一丁上がり。
そこには、本質を見ようとする姿勢なんてありません。
番組の1コーナーを埋めるだけの、情報の垂れ流しであり、
紙面を埋めるだけの、文字の羅列にすぎません。
Google アラートを使い、「キャンディーズ」という語句が含まれるニュースは全てチェックしていますが、この「大同窓会」についての記事約30件中、20件はこのような「ゴミ」のような記事でしたし、テレビの情報番組もすでにいくつか見ましたが、新聞系の記事よりもさらに低脳化していました。
なぜ、30年も経っているのにこれほど人を引きつけられるのか。
僕たち、オヤジどもがリスクを冒し(変装までして)会場へ足を運んだのか。
記者達は、明らかに取材対象を間違えています。
僕たちじゃなく、キャンディーズに着目しなければ、本質は絶対に見えません。
中には、「キャンディーズがこれほどまでに歌が上手かったとは、知らなかった」
なんて、事を書いているところもあります。
でも、それで良いのです。
これこそが、「記者」が正直に感じたままの「真実」なんですから。
そして、そここそが着眼して欲しい点なのです。
「毎日jp」の2008年4月3日、つまり「大同窓会」前日の記事を見つけました。
帰りたい:肉声再生・プレーバック お別れなんです〜=玉木研二
30年前の「ファイナルカーニバル」について書かれた記事を引用したうえで、この玉木研二氏は持論を展開されています。僕はこの方のことは全く知りませんが、文章の構成にわかりにくさと曖昧さがあり、釈然としません。
褒めたいのでしょうか、貶したいのでしょうか。白かったのですか?黒かったのですか?
結局事実はどうだったのですか?
わかった事実といえば、あなたの同僚が上野駅で補導された事実のみですが…。
この記事に対して、質問を送っています。
何をもって「音楽的に群を抜いた才があったわけではなく」と仰っているのか。
この記者はどれほど、キャンディーズの楽曲を調べたのか。
アイドル=歌が上手いはずはない
という図式に頭が冒されていませんか?
沢山の人が読む「記事」を書かれていらっしゃるのですから、
責任を持った仕事をしてください。
心と体を使って記事を書いてください。
でも、やはり「その日」は、普通の日となんら変わることなくやって来ていた。
いや、正確にはラジオで時報を聞いたので、
1978年に4月4日が訪れた瞬間を認識していたのは事実だ。
17時間後には最後のステージの幕が上がる。
否応なしに、最後の瞬間に向けて突っ走るコンサートが始まるのだ。
始まってしまったら、もう誰にも止めることはできないだろう。
どんな言葉を聞かせてくれるのだろう。
どんな最後を迎えるのだろう。
それを想うと、眠る事なんてできなかった。
いつも聞いていたラジオ番組のテンションの高さも加わり、
僕の目は冴える一方だ…。
結局、一睡もできずに過ごしていた。
夜のニュース番組で様子が少しだけわかった。
「想像を絶する」という体験は、この時が初めてだ。
小さな14インチテレビからでも、後楽園球場にしつらえたステージのスケール感と
それを見届けるファンの熱気が発散されていた。
全てが「想像を絶する」ものであった。
そしてラジオでは録音中継が行われた。
部屋の中では上手く受信できなかったので、
ビルの屋上で毛布にくるまって聞いた。
そして「その日」は、とても大切な日となった。
いや、正直に言えばその時は
「これは、30年経っても色あせない感動」だなんて、思いもしなかった。
思えるはずはない。僕はまだ15歳でしかなかったのだから。
芸の世界には「神様」っているんだと思う。
お笑いでも、歌手でも、芸の神様が手をさしのべた瞬間って
きっと何度も目撃しているんだと思う。
「その日」の3人には、この芸の神様が乗り移っていたんだと思う。
いや、それを呼び込んだのは彼女たちの才能であり不断の努力の賜であろう。
しかし、たった1度行われたコンサートが忘れ去られることなく、
これほどの意味を持ち、奇跡じみたパフォーマンスが
30年もの時を経ても未だ人を魅了して止まないのは、
まさしく芸の神様の仕業であろう。
さあ、あの夜と同じだ。
眠れなくても構わない。
17時間後に再び出会える奇跡を
今度は仲間と共に迎えましょう。
いや、正確にはラジオで時報を聞いたので、
1978年に4月4日が訪れた瞬間を認識していたのは事実だ。
17時間後には最後のステージの幕が上がる。
否応なしに、最後の瞬間に向けて突っ走るコンサートが始まるのだ。
始まってしまったら、もう誰にも止めることはできないだろう。
どんな言葉を聞かせてくれるのだろう。
どんな最後を迎えるのだろう。
それを想うと、眠る事なんてできなかった。
いつも聞いていたラジオ番組のテンションの高さも加わり、
僕の目は冴える一方だ…。
結局、一睡もできずに過ごしていた。
夜のニュース番組で様子が少しだけわかった。
「想像を絶する」という体験は、この時が初めてだ。
小さな14インチテレビからでも、後楽園球場にしつらえたステージのスケール感と
それを見届けるファンの熱気が発散されていた。
全てが「想像を絶する」ものであった。
そしてラジオでは録音中継が行われた。
部屋の中では上手く受信できなかったので、
ビルの屋上で毛布にくるまって聞いた。
そして「その日」は、とても大切な日となった。
いや、正直に言えばその時は
「これは、30年経っても色あせない感動」だなんて、思いもしなかった。
思えるはずはない。僕はまだ15歳でしかなかったのだから。
芸の世界には「神様」っているんだと思う。
お笑いでも、歌手でも、芸の神様が手をさしのべた瞬間って
きっと何度も目撃しているんだと思う。
「その日」の3人には、この芸の神様が乗り移っていたんだと思う。
いや、それを呼び込んだのは彼女たちの才能であり不断の努力の賜であろう。
しかし、たった1度行われたコンサートが忘れ去られることなく、
これほどの意味を持ち、奇跡じみたパフォーマンスが
30年もの時を経ても未だ人を魅了して止まないのは、
まさしく芸の神様の仕業であろう。
さあ、あの夜と同じだ。
眠れなくても構わない。
17時間後に再び出会える奇跡を
今度は仲間と共に迎えましょう。








